蟻通神社(ありとおしじんじゃ)
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 泉南地域のだんじり

泉南地域のだんじりのはじまりは、元禄13〜16(1700〜1703)年に岸和田藩主の岡部長泰が京都の伏見稲荷を勧請し、城内に稲荷社を建築したときに「車付引檀尻」を城内に引き入れた時と伝えられます。史料上には、延享2(1745)年に初めてみえます。このころのだんじりは、長持ちのような箱に車をつけただけの簡単なもので、太鼓をのせて打ちながら曳いたようです。泉佐野市内の記録として古いのは、文政3(1820)年に上之郷の机場と上村が合同で「古き檀尻」を所持していたというものです。しかし、だんじりがどのような発展過程を経て、現在のような形になったのかは、よく分かっていないそうです。(参考文献) 泉佐野の歴史と文化財第6集「泉佐野の祭り」 編集:泉佐野市教育委員会
ご由緒 蟻通神社の権禰宜 2010年09月08日

 蟻通神社の故事その2

<清少納言の 「枕草子」 に記載されています。>

平安時代の大変有名な随筆、清少納言の「枕草子」にも蟻通神社のエピソードが書かれています。

当時、孝行息子の中将が、老人を捨てる法律がありましたが、ひそかに家に匿って親孝行をしていました。

 ある時、唐の国から難問をつきつけられ、日本の知恵を試されました。
その難問とは3つありました。

1.七曲のホラ貝に糸を通すこと

2.根と末が同じ太さの棒の、根と末を見分ける方法

3.蛇の雌雄を見分ける方法でした。

中将は、匿っている父に聞き、見事にこの難問を解き、時の帝から、老人を捨てる法律は、やめる様にしてもらった。

後に孝養の深い中将と智恵のある両親は、親孝行と長寿と知恵の神様として、蟻通神社に祀られました。

現在、拝殿の東側にある智恵神社にご分霊をお祀りさせて頂いております。
ご由緒 蟻通神社の権禰宜 2010年08月22日

 蟻通神社の歴史

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     蟻通神社  正面 南参道

御祭神  
大国主命・蟻通明神
 創 祀  開化天皇 紀元93年 弥生中期 
        
五穀豊饒、国土開発の神として祀られました
     
和歌の神・知恵の神・孝行の神・雨乞いの神
     
としても知られています。 

JR阪和線長滝駅より西へ約800mにある、旧長滝村の氏神鎮守社です。

 第二次世界大戦の飛行場建設による強制疎開で昭和19年、現在地に移転しました。

 もとは、熊野街道沿いにあり、総面積は、現在の約5倍あり、千年を超える歴史をもった鎮守の森でありました。

 強制移転後、氏子崇敬者の方々のご信仰のお陰で、神社は、数々の整備が積み重ねられ、歴史を築いてくることができました。
  
 
ご由緒 蟻通神社の権禰宜 2010年08月22日

 蟻通神社の故事その3

「枕草子」に述べられている蟻通神社の由来は、仏教説話などにも類話がみえ、

清少納言の独創とはいえないようですが、「貫之集」に収められている説話などと

結び付けて、清少納言はこの話を巧みに構成しています。
 
この、「蟻通神社」のお話は、「枕草子」の 『社(やしろ)は』 に載っています。

ご興味のある方は、 是非、お読みになって下さいませ。
ご由緒 蟻通神社の権禰宜 2010年08月01日

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